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「奉仕の場所を見つける」

 教会はキリストのからだであり、1人ひとりは各部分であると聖書に書かれています。自分がどの部分なのかわからないと、もどかしさや疎外感、不足感を覚える人がいるかもしれません。「私は、主からこの召し、奉仕をを受けた」と自信をもっている人もいれば、「自分はどんな召しを受けているのかわからない」という人もいるかもしれません。

 主は私たちに「何をすべきか」の召しを与えるとき、必要を見せてくださいます。「必要」とは、あることを成し遂げるために必ず備わっていなければならないものです。具体的には、神さまがある人を伝道の働きに召される場合、その人の目には救われる必要がある人々が映り、彼らをあわれむ心が湧いてきます。訪問の働きに召されるならば、問題を抱えて苦しんでいる人々の姿が目につき、その人たちを見て心が動かされます。祈りの奉仕に導かれる人は、次々と祈りを必要としている人たちの顔や声が浮かんでくることでしょう。

 主があなたにどんな奉仕をゆだねようとしておられるのか、静まり、御声を聞いて応答していただきたいのです。教会の不足や欠けている部分が気になるとき、それは主があなたを用いよう、動かそうとしておられるのです。会堂の掃除が足りないと気になるなら、それは主があなたにその奉仕を任せておられるのです。教会で寂しそうにしている姿が見えるなら、神がその人に寄り添う奉仕へあなたを召しておられるのです。子どもたちが目につくなら、子どもの働きに召されているのです。どうか私たち一人ひとりが、神の召しに敏感になりますように。奉仕の働きが与えられることは喜びです。それによって、主のお役に立てるからです。この喜びは決して失われません。

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「主の祈りについて」 

本日の礼拝から「主の祈り」を数回にかけて学びます。イントロダクションとして少しこのコラムでも記します。弟子たちが「私たちにも祈りを教えてください」と尋ねたとき、イエスさまが教えられたのが、「主の祈り」です。この祈りには、神を敬う心、毎日の生活への感謝、そして自分の心を守るための願いなど、大切なものが詰まっています。なかなか祈り出せなかったり、気分がふさぎ疲れたときにの手引きともなります。  日本語

 
 
 
「天へと視線を向ける」 

「 人とは何ものなのでしょう。あなたが心に留められるとは。人のとはいったい何ものなのでしょう。あなたが顧みてくださるとは。」(詩篇8:4)。 神さまは私たちを神と隣人とを愛して生きるように造られました。しかし、私たちは視線を自分自身にだけ集中させがちです。本来、人は天を見上げて生きるように造られているのに、地上のことに埋もれて生きてしまうことが、苦しみもがく原因の一つです。天に視線を向けるとは、す

 
 
 
「福音を聞き、知らせる」

イギリスのロンドンにウェストミンスターという教会があります。その墓地にある墓石には次の文が刻まれているそうです。 「まだ若く、自由で、限りない想像力を持っていたころ、私は世界を変えることを夢見ていた。成功して知恵がつくにつれ、世界が変わることはないだろうということが分かり、視野をやや狭めて、自分の国だけでも変えようと決意した。しかし、それさえも変化のないように思えた。晩年になって、最後の必死の試み

 
 
 

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