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「応答と奉仕」

 先週は「気持ちと奉仕」について記しました。奉仕の前に気持ちが満タン、喜びにみちあふれ、時間も余裕もたっぷりある人が奉仕するのではないこと、しかし奉仕のためにささげると、後悔ではなく必ずやってよかった、益とすることができたという喜びが与えられるという内容でした。今回はその続き、「応答」についてです。

 奉仕は「応答」によってなされるものです。応答とは、あなた自身による神さまへのささげものです。あなたの選択が応答となります。それによって、あなたと神さまとの関係が築かれていきます。たとえば、あなたが人形とお話をしても、人形は応答をしません。人形の手を取ってモノをつかんでも、それは人形の応答ではありません。そう、奉仕はそうであってはならないのですね。◆「応答」とは、あなた自身の選択と行動です。そのため、週報やアナウンスで「トラクト配布をしましょう」「〇〇の奉仕者が足らないのでお祈りください」というのは強制でも圧迫でもなく、招きとして受け止めてください。そして、それに応答するかは、あなた自身が問われ、ゆだねられているものです。

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「主の祈りについて」 

本日の礼拝から「主の祈り」を数回にかけて学びます。イントロダクションとして少しこのコラムでも記します。弟子たちが「私たちにも祈りを教えてください」と尋ねたとき、イエスさまが教えられたのが、「主の祈り」です。この祈りには、神を敬う心、毎日の生活への感謝、そして自分の心を守るための願いなど、大切なものが詰まっています。なかなか祈り出せなかったり、気分がふさぎ疲れたときにの手引きともなります。  日本語

 
 
 
「天へと視線を向ける」 

「 人とは何ものなのでしょう。あなたが心に留められるとは。人のとはいったい何ものなのでしょう。あなたが顧みてくださるとは。」(詩篇8:4)。 神さまは私たちを神と隣人とを愛して生きるように造られました。しかし、私たちは視線を自分自身にだけ集中させがちです。本来、人は天を見上げて生きるように造られているのに、地上のことに埋もれて生きてしまうことが、苦しみもがく原因の一つです。天に視線を向けるとは、す

 
 
 
「福音を聞き、知らせる」

イギリスのロンドンにウェストミンスターという教会があります。その墓地にある墓石には次の文が刻まれているそうです。 「まだ若く、自由で、限りない想像力を持っていたころ、私は世界を変えることを夢見ていた。成功して知恵がつくにつれ、世界が変わることはないだろうということが分かり、視野をやや狭めて、自分の国だけでも変えようと決意した。しかし、それさえも変化のないように思えた。晩年になって、最後の必死の試み

 
 
 

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