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「次の教会のすがた(その7)」

◆教会は神の栄光を現す共同体です。主が何のために民=私たちを呼び集められたのか(呼び集める=教会の語源)?それはご自身の栄光がほめたたえられるためです。その手段は私たちの礼拝であり、賛美であり、ささげものです。それゆえ、私たちは最高の礼拝、最高の賛美、最良のささげものを主の前に携えます。モーセの時代、各部族ごとに宿営していましたが、礼拝の際には全会衆が幕屋(神を礼拝するための特別な場所・建屋)に集まっています。しかも、会見の幕屋は「中央」(民数記2:17)にありました。レビ人(神に仕える者たち)は「あかしの幕屋の周りに宿営しなければならない」(民1:53)と常に主に対して臨戦態勢で備えていることが求められています。すべての中心に神がおられ、人々は神礼拝をもって神に感謝し、恵みを覚え、ほめたたえました。彼らの礼拝によって神は栄光を受けられたのです。

◆これは、今の私たちにも通じます。現在、礼拝はオンラインでも参加できるよう整備されていますが、これはやんごとない事態や健康状態を顧みて利用していただくための手段です。神の民が時間や場所をともにして神を礼拝してきたように、私たちも時間と場所を高位置に意識しておきたいものです。その源には、イエス・キリストが神の御子としての立場を捨てて、人となられ、時間という限界ある中に身を置いて「この時」を大切にされたそのすがたがあります。偏在という能力を使わず「ここにいる」ことをもって神と人とを愛されたそのすがたがあります。行き当たりばったりや気分に任せて行動せず、朝は早くから一人で、苦しみのときにはゲツセマネで祈られたお方です。十字架を背負ってドロローサ(悲しみの道)を歩かれ、「どくろ」という場所ではりつけにされたお方です。私たちも、神の栄光を現し、主に従うために時間と場所を選択しましょう。

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「主の祈りについて」 

本日の礼拝から「主の祈り」を数回にかけて学びます。イントロダクションとして少しこのコラムでも記します。弟子たちが「私たちにも祈りを教えてください」と尋ねたとき、イエスさまが教えられたのが、「主の祈り」です。この祈りには、神を敬う心、毎日の生活への感謝、そして自分の心を守るための願いなど、大切なものが詰まっています。なかなか祈り出せなかったり、気分がふさぎ疲れたときにの手引きともなります。  日本語

 
 
 
「天へと視線を向ける」 

「 人とは何ものなのでしょう。あなたが心に留められるとは。人のとはいったい何ものなのでしょう。あなたが顧みてくださるとは。」(詩篇8:4)。 神さまは私たちを神と隣人とを愛して生きるように造られました。しかし、私たちは視線を自分自身にだけ集中させがちです。本来、人は天を見上げて生きるように造られているのに、地上のことに埋もれて生きてしまうことが、苦しみもがく原因の一つです。天に視線を向けるとは、す

 
 
 
「福音を聞き、知らせる」

イギリスのロンドンにウェストミンスターという教会があります。その墓地にある墓石には次の文が刻まれているそうです。 「まだ若く、自由で、限りない想像力を持っていたころ、私は世界を変えることを夢見ていた。成功して知恵がつくにつれ、世界が変わることはないだろうということが分かり、視野をやや狭めて、自分の国だけでも変えようと決意した。しかし、それさえも変化のないように思えた。晩年になって、最後の必死の試み

 
 
 

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