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「気持ちと奉仕」

 本日は礼拝後にトラクト配布へ出かけます。さて、今回は「奉仕に向けた気持ち」について短く記します。たとえば、たくさんの奉仕をする人はそれだけモチベーションがあるということでしょうか。「これからたくさんの奉仕をするぞ!」「やりたくて仕方がない」「全然余裕」と思っている人が奉仕をしているのでしょうか。いいえ、決してそうではありませんよね。なぜなら、私たちは何かをする前に気持ちが高まる、心の準備が万全、身体も軽く感じるということは、ほとんどないからです。たとえば「このオムライス、おいしいよ。だから食べた気分になってみて!」と言われても、「食べてよかった」「やっぱりおいしいね」と心底思ったり、笑顔で言うことはできません。それは、食べた後に起こる感情だからです。食べる前からおいしくて満腹、満足という気持ちは持てないのです。

 奉仕にも同じことが言えます。やる前から気持ち万全な人だけと限ったら、誰も奉仕できないかもしれません。中には気持ちが整わないけれど決断された方、半ば義務感から奉仕を受けてしまう場合だってあるでしょう。けれども、奉仕をした後には「やらなければよかった」「だからダメなの、私は」との感想になることはほとんどありません(時々残念なこともあるかもしれませんが)。「やってよかった!」「主のために時間を使えた!」という言い難い祝福は奉仕後にいただくからです。まずはやってみましょうか♪

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「主の祈りについて」 

本日の礼拝から「主の祈り」を数回にかけて学びます。イントロダクションとして少しこのコラムでも記します。弟子たちが「私たちにも祈りを教えてください」と尋ねたとき、イエスさまが教えられたのが、「主の祈り」です。この祈りには、神を敬う心、毎日の生活への感謝、そして自分の心を守るための願いなど、大切なものが詰まっています。なかなか祈り出せなかったり、気分がふさぎ疲れたときにの手引きともなります。  日本語

 
 
 
「天へと視線を向ける」 

「 人とは何ものなのでしょう。あなたが心に留められるとは。人のとはいったい何ものなのでしょう。あなたが顧みてくださるとは。」(詩篇8:4)。 神さまは私たちを神と隣人とを愛して生きるように造られました。しかし、私たちは視線を自分自身にだけ集中させがちです。本来、人は天を見上げて生きるように造られているのに、地上のことに埋もれて生きてしまうことが、苦しみもがく原因の一つです。天に視線を向けるとは、す

 
 
 
「福音を聞き、知らせる」

イギリスのロンドンにウェストミンスターという教会があります。その墓地にある墓石には次の文が刻まれているそうです。 「まだ若く、自由で、限りない想像力を持っていたころ、私は世界を変えることを夢見ていた。成功して知恵がつくにつれ、世界が変わることはないだろうということが分かり、視野をやや狭めて、自分の国だけでも変えようと決意した。しかし、それさえも変化のないように思えた。晩年になって、最後の必死の試み

 
 
 

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