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「犠牲と奉仕」

 10月は教会で取り組む行事が続きます。今週土曜はいよいよ本田路津子さんコンサートです。見えるところ、見えないところで祈り、備えをし、仕えておられる兄弟姉妹の結晶です。このために駆けつけてくださる本田路津子さん、中垣牧師の霊性と健康、道中が守られますように。またこの機会によって救われる方が起こされますように。今回のコラムのテーマは「犠牲と奉仕」です。少しぎょっとするタイトルかもしれませんが、「犠牲」を正しく捉えることにより教会や私たちの信仰が健全なものになる一助となればと思います。

 奉仕は仕えること、ささげることですので、必然的に犠牲が伴います。ただし、その犠牲は「自分だけがいけにえになっている」「なぜ、自分がこんなことしなきゃいけないのか」という犠牲心ではありません。もともとは、イエス・キリストが罪人のためにいのちを犠牲にされたことを覚えるのです。そしてその罪人とは、まさに自分自身であることと結びつく時、犠牲には愛が伴っていることを発見します。愛とは「お前のために嫌々やっている」「ほら、これでいいんだろ。受け取れ」という恩着せがましさや投げやりなものではなく、「あなたのためにぜひさせていただきたい」「どうしてもやりたい」という自由であふれるものです。そして、愛がなければ犠牲になれないことに気づきます。私たちが奉仕することは、キリストの愛の犠牲がその出発点なのです。

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「主の祈りについて」 

本日の礼拝から「主の祈り」を数回にかけて学びます。イントロダクションとして少しこのコラムでも記します。弟子たちが「私たちにも祈りを教えてください」と尋ねたとき、イエスさまが教えられたのが、「主の祈り」です。この祈りには、神を敬う心、毎日の生活への感謝、そして自分の心を守るための願いなど、大切なものが詰まっています。なかなか祈り出せなかったり、気分がふさぎ疲れたときにの手引きともなります。  日本語

 
 
 
「天へと視線を向ける」 

「 人とは何ものなのでしょう。あなたが心に留められるとは。人のとはいったい何ものなのでしょう。あなたが顧みてくださるとは。」(詩篇8:4)。 神さまは私たちを神と隣人とを愛して生きるように造られました。しかし、私たちは視線を自分自身にだけ集中させがちです。本来、人は天を見上げて生きるように造られているのに、地上のことに埋もれて生きてしまうことが、苦しみもがく原因の一つです。天に視線を向けるとは、す

 
 
 
「福音を聞き、知らせる」

イギリスのロンドンにウェストミンスターという教会があります。その墓地にある墓石には次の文が刻まれているそうです。 「まだ若く、自由で、限りない想像力を持っていたころ、私は世界を変えることを夢見ていた。成功して知恵がつくにつれ、世界が変わることはないだろうということが分かり、視野をやや狭めて、自分の国だけでも変えようと決意した。しかし、それさえも変化のないように思えた。晩年になって、最後の必死の試み

 
 
 

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