◆前回の続きです。アウグスティヌスが3つの段階で示している人間が罪から解放されるという救済の状態。①創造時のアダムとエバの状態、②堕落後のアダムとエバから続く人間全体の状態、③キリストによって救われた者の状態です。前回は①創造時はアダムとエバは「罪を犯すことも犯さないこともできる状態」、②堕落後は「罪を犯さないことができない状態」までを紹介しました。
◆今回は③キリストによって救われた者の状態について記します。いわゆるクリスチャンの状態です。それは「罪を犯し続けることができない状態」とされます。これは以下のように整理することできます。クリスチャンは完全無欠ではありません。救われた者も罪を犯します。まずこのことが前提となります。パウロもローマ5~8章の中で、5章で救いについて、6章でクリスチャン生活について記した後、7章で罪との戦いについて記しています。これはクリスチャンになった後も罪に悩まされ続けることを教えています。しかし、キリスト者は罪を犯すことに無感覚になったわけではありません。認罪と救いによって、新しくされました。そうです、罪を犯すことに敏感になるのです。そして、罪を犯したときには即座に悔い改めへの促しが起こり、それ以上罪の中にいることを自ら拒みます。罪を犯し続けて平気ではいられなくなるのです。
◆クリスチャンになっても依然として内側に住む罪、自らの罪性と戦いつつも、それさえも赦しのもとになることを確信して疑いません。キリストの十字架が完璧な贖いだからです。十字架でキリストのが流された血の叫びを聞きながら、それにふさわしくあろうという願いが起こり、罪に打ち勝っていきます。この喜びを覚えると、日々の祈り、みことば、生活に張りが出てきます♪
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