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自己責任の時代に

◆【sauve qui puet】これはフランス語で「ソーヴ・キプ」と読みます。意味は「生き延びることができるものは、生き延びよ(*直訳は逃げろ!)」。重たい表現ですが、たとえば、船がいよいよ沈没してしまう時に船長が「最後に」乗組員へ告げる言葉です。『もう、自分が君たちを守ってあげることはできないから、これから先は各人が…生き延びることができるものだけが…その力で…』というメッセージです。もう各個人がそれぞれの判断、才覚で難局を生き延びるしかない、という最終メッセージです。ある意味、冷たい、無力な別れのメッセージです。私たちの中で実際に軍隊や船に乗っている人は今のところいませんからこれは遠い国の話のように思われるかもしれません。しかし、この8月私たちは強く心に刻み続けなければならないことがあります。昨日8月6日はヒロシマ、今週火曜9日にはナガサキに原爆投下の日。どれだけ多くの隊員が、そして家族が「ソーヴ・キプ」を聞かされ、そこで人生の終わりを遂げたことでしょうか。◆しかし、私たちは聖書を通して語られる神の声からはまったく違う呼びかけを聞きます。「わたしが来たのは、羊たちがいのちを得るため、それも豊かに得るためです。わたしは良い牧者です。良い牧者は羊のためにいのちを捨てます」(ヨハネ10:10-11)。これぞ福音/良きしらせ/Gospel/Good Newsと言われるゆえんです。私たちは「ここから先はあなた自身で生きよ。あなたが自分を守り生き抜くのだ」と突き放されるのではなく、「わたしのもとに来なさい。豊かないのちを得なさい。わたしがかわりにいのちを捨てるのだから」と招待し、駆け寄り、介抱してくださるお方の声に耳を傾けたいと願います。この豊かないのちを一人でも多くの方が持ち、憩い、平安を得、喜びを抱いて生きられますよう願います。

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「主の祈りについて」 

本日の礼拝から「主の祈り」を数回にかけて学びます。イントロダクションとして少しこのコラムでも記します。弟子たちが「私たちにも祈りを教えてください」と尋ねたとき、イエスさまが教えられたのが、「主の祈り」です。この祈りには、神を敬う心、毎日の生活への感謝、そして自分の心を守るための願いなど、大切なものが詰まっています。なかなか祈り出せなかったり、気分がふさぎ疲れたときにの手引きともなります。  日本語

 
 
 
「天へと視線を向ける」 

「 人とは何ものなのでしょう。あなたが心に留められるとは。人のとはいったい何ものなのでしょう。あなたが顧みてくださるとは。」(詩篇8:4)。 神さまは私たちを神と隣人とを愛して生きるように造られました。しかし、私たちは視線を自分自身にだけ集中させがちです。本来、人は天を見上げて生きるように造られているのに、地上のことに埋もれて生きてしまうことが、苦しみもがく原因の一つです。天に視線を向けるとは、す

 
 
 
「福音を聞き、知らせる」

イギリスのロンドンにウェストミンスターという教会があります。その墓地にある墓石には次の文が刻まれているそうです。 「まだ若く、自由で、限りない想像力を持っていたころ、私は世界を変えることを夢見ていた。成功して知恵がつくにつれ、世界が変わることはないだろうということが分かり、視野をやや狭めて、自分の国だけでも変えようと決意した。しかし、それさえも変化のないように思えた。晩年になって、最後の必死の試み

 
 
 

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