福岡めぐみ教会

日本同盟基督教団

牧師コラムとは

更新日:8月12日

◆このコラムは牧師から教会のみなさんへ大事なことを伝える欄です。コラムの語源となっている【columna】)(ラテン語)は「円柱」という意味を持っています。柱は建物を支える大事な部分・役割を担っています。新聞等でも必ずコラム欄を一面に配置し、その社の権威や方針を位置づける重要な位置を占めています。同じように、この週報コラム欄も牧師が責任をもって教会の重要事項について執筆しています。他愛のない世間話や時事、一般知識に埋没することのないように(そういった情報は教会外にあふれていて、いつでもアクセスできます)、されど平易で楽しい読み物になるように努めますのでよろしくお付き合いください。◆かの神学者アウグスティヌスは「私は進歩しつつ書き、書きつつ進歩する人の一人であることを告白する」と著しました。後の宗教改革者カルヴァンも著書の結びにこの言葉を引用しています。そして、この言葉は推敲を繰り返しながらよい文章を書くことの進歩について教えていると同時に、実践面、人格面において進歩することも含まれています。むしろ、文章を書く力が進歩することが主眼にあるのではなく、時とともに品性が練られ、人格的総合的に進歩する者が書くことに意味があるのだと考えます。その点において、読みやすい文章と私自身の進歩(自分で言うのははばかられますね)、少なくとも格闘と葛藤を経ている者であることが分かっていただけるような取り組みをこのコラムで記していきたいと願っています。私たちを訓練してくださるのは主ご自身です。◆「それは、あなたを苦しめて、あなたを試し、あなたがその命令を守るかどうか、あなたの心のうちにあるものを知るためであった」(申命記8:2)

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◆私たち福岡めぐみ教会には礼拝を中心にしつつ、教会の働きを支え、進めるために各会があります。今回はその働きについて紹介いたします。といっても私は着任半年ですからみなさんの方がきっと詳しいですね! ◆壮年会(男性):毎月一回程度、礼拝後2階で集まっています。今はクリスマスに向けてお楽しみ賛美のプランもあります。男性は外では戦士のように過ごしています。せめて教会では重荷をおろせるオアシスのような交わり

◆先週は教団の教師研修会に参加してきました。学びからさまざまな気づき、刺激を受け、同労者との交わりを味わいました。個人的には4月の着任以来初めて九州を離れることに。それだけでとっても寂しかったですから気分はすっかり九州人でしょうか。帰路には岐阜の両親宅で一泊し、術後の父の顔も見ることができました。お祈りと派遣を心より感謝します。 ◆さて、こうした機会は何かと働き続ける傾向にあるこの世においては貴重

◆礼拝ではエペソ人への手紙を学んでいます。詳しくいえば「エペソにある教会の信徒へ」ということになります。また新約聖書の時代からおよそ300年間はいわゆる「教会堂」「大聖堂」は造られていませんから、それぞれの教会は「家の教会」であったことがわかります。そう考えると、「エペソ人への手紙」▶「エペソにある教会への手紙」▶「エペソにある各家の教会に集う人々」と噛み砕くことができます。さらには、完成した66

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