• 大塚 史明 牧師

主の恵み

◆本日はオンライン(基本)での礼拝となります。2020年以降、福岡めぐみ教会の皆さんは、この状況に慣れておられるでしょうか?もちろん、会堂でともに集まれることに越したことはありませんが、何とか公同の礼拝をささげるための知恵と手段が与えられていることに感謝したいものです。しかし、オンラインでは独特の疲れもありますね。普段は、ひょっとすると人付き合いで疲れることもあるかもしれませんが、オンラインだとまた別の面での気苦労があるように思います。また、どこか満たされない思い、釈然としない消化不良感が残るような気もします。主が病に苦しむ人を癒やし、傍らで介抱する者たちを守り、病を終わらせてくださいますように。◆さて、可能なかぎりオンラインで祝福をいただくための整いを挙げてきます。①普段の家ではなく、主日礼拝の場として部屋を整えよう。ダビデは「神よ あなたは私の神。私はあなたを切に求めます・・・私は あなたの力と栄光を見るために こうして聖所で あなたを仰ぎ見ています」(詩篇63:1,2)と記しています。ここにある「聖所」は神殿や王宮ではなく、「荒野」であったことが表題から見て取れます。ダビデにとっては、荒野でさえ聖所となり得ました。そこで生ける神を礼拝し、出会うからです。賛美をささげ、新しくされるからです。ぜひ、私たちも今ある場所を「聖所」とし、神との交わりに没頭いたしましょう。◆②身だしなみを整えよう。礼拝は普段着で構いません。それでも、会堂に集うときには、少しおしゃれをする、近所を徘徊するのとは違う身だしなみを意識しているはずです。家での礼拝になるとその意識が薄れ、着の身着のまま、あるいは上着はしっかりしたもので、下はパジャマ(!)なんてことにもなりかねません。少々時間や手間がかかっても、会堂に集うのと同じ意識で、また何より主にお会いするのにふさわしい身だしなみ、格好をしてみましょう。◆③賛美と祈りをしっかりとささげよう。オンラインの場合、皆さんのお顔表示をぜひお願いします。そして、マイク機能はオフにしていただきます。しかし、その場ではぜひ声に出して賛美をし、集中して祈りましょう。賛美は自分から発するだけでなく、発したものが自分の身に染み込んでくる恵みの手段ともなります。変な話し、自分の賛美の声に励まされたり、画面を通じて一人ひとりの表情の豊かさにひとかたならず励まされたりします。きっとあなたの賛美の声、表情もともにしている人々に祝福を与えるものとなっています。

以上を実践し、生けるまことの神を生き生きと礼拝する我々でありたく願います。


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