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「みことばを中心にした生き方」

 私たちの共通の土台は「聖書」です。これは現代の私たちに限らず、近代や中世、そして初代教会やモーセ時代にまでさかのぼることができます。実に神のことばは永遠に堅く立つので、歴史を貫いて存在し続け、また語り続けます。「天地は消え去ります。しかし、わたしのことばは決して消え去ることがありません」(マタイ24:35)とある通りです。この聖書を中心に私たちの教会はもとより、それぞれの生活や人生も導かれるなら、神の大いなる祝福をいただき、味わうことができます。反対に、聖書に反した生活を重ねると、祝福を受け損ね、漠然とした不安や倦怠感がまとわりつきます。もともと人は神により、神に向けて造られたので、この方に聞き従わないことは本来の生き方やあり方から外れることになります。それは不自由でしがらみの多い道となります。

 では、みことばを中心にした生き方はどのような祝福をもたらすでしょう。それは、私たちが正気を保つことができるという祝福です。私たちは罪深く狂った世に置かれています。権力が間違った支配をしたり、真実が捻じ曲げられたりします。また人の目や陰口(ネット含め)により、心身の健康が害される日々と隣り合わせです。そんなとき、私たちはまずみことばを取り入れることにより、正気が保たれます。真実は人ではなく主にあること、たとえ人の目には悲観的に見えても、主が聖書で約束されている通りになることを思い出すことができます。私の恩師は、これを「みことば楽観主義」だと教えてくれました。私たちが正気を保ち、平静をいただいて生きるために必要なのは、みことばを取り入れること。私たちはその営みを共にしています。

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