top of page

「次の教会のすがた(その5)」

◆「教会」と聞いてイメージするものは何でしょうか。教会堂としての建物、十字架、聖書、讃美歌、牧師・・・など思い浮かべるでしょうか。いずれにせよ「そこに神がおられる」ことを証しするのが教会の役割です。旧約聖書ではアブラハムが各所に「祭壇」を築きます。それは良い土地があったからとか、促されたとか、材料が見つかったからではなく、「神と出会った場所」「神を礼拝する場所」を記念とし祭壇を築いたものです(例:創世記12:7、  13:18など)。ここで私は確かに主に出会った、神は生きておられるという証しとしての祭壇です。その後ダビデ、ソロモン王によって「神殿」が築かれます。それ以前からバアルの神殿(士師記9:4)や「主の神殿」(第一サムエル1:9)があったことが旧約聖書には記されていますが、神の民全体で祈り、ささげ、神の都のシンボルとなったエルサレム神殿はソロモン王の時代に完成・奉献されました(第一列王記6章)。そこではまず聖書朗読がなされ、祈りがささげられ、最上のささげものがなされました。やはり、そこで主が証しされたのです。

◆さらに、後日、その評判を見に来た南の女王シェバは、その神殿のきらびやかさもさることながら、料理、家来、球児する者たちを見て「息も止まるばかりであった」(第一列王記10:5)と感想を漏らしています。神殿自体(人々がどれほど品をささげたのか)が王である神を証しし、そこで集められた民たちの礼拝がほめたたえられるべき神を証しし、また普段・いわゆる礼拝式以外の部分でもその作法や所作に及ぶまでが仕えるべき神を証ししていたのでした。礼拝でも賛美でも聖書でも祈りでも、そして普段の交わりや会話、人の行き交いにおいても主が証しされるところ。それが祭壇であり、神殿であり、教会です。次週は新約聖書におけるその姿を見てまいります。どうぞお楽しみに!

最新記事

すべて表示
「本日のゲスト:朝岡先生のこと」

人生に「戦友」という存在で思い浮かべる人がいるでしょうか。同志の友と言い換えてもよいかもしれません。本日のゲスト、朝岡勝先生は私にとっての戦友です。「友」と呼ぶのは一方的な言葉選びにすぎないのですが、とにかく朝岡先生がいて幾度も道を正され、力を受け、知恵をいただき、また心解きほぐされる経験をしてきました。  私が先生とお近づきになれたきっかけは2011年3月11日に起きた東日本大震災です。当時の私

 
 
 
「神を忘れてしまう性質」

先週の水曜、朝起きると足に違和感があり、歩くのに一苦労しました。少し変だと思いつつ、休む方が悪化すると考え、その日は努めて普通に過ごしました。転倒やぶつけた事象はないので、どうしてそんなに足が痛むのか分からずにいたのですが、その夜妻がひらめいて「あなた、痛風じゃない?」と言いました。そういえば、以前からある数値が高く、健康診断でも医師から注意するように言われていました。特に、妻は私の食事や運動、栄

 
 
 
「犠牲と奉仕」

10月は教会で取り組む行事が続きます。今週土曜はいよいよ本田路津子さんコンサートです。見えるところ、見えないところで祈り、備えをし、仕えておられる兄弟姉妹の結晶です。このために駆けつけてくださる本田路津子さん、中垣牧師の霊性と健康、道中が守られますように。またこの機会によって救われる方が起こされますように。今回のコラムのテーマは「犠牲と奉仕」です。少しぎょっとするタイトルかもしれませんが、「犠牲」

 
 
 

コメント


福岡めぐみ教会

日本同盟基督教団

Fukuoka Megumi Church

日曜礼拝

 歓迎主日礼拝 10:30am-12:00pm

お問い合わせ

〒819-0041
福岡県福岡市西区拾六町1-22-19

メールはこちら

​電話番号は0922042386

© 2014 by Fukuoka Megumi Church. Proudly created with Wix.com

bottom of page