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「礼拝式順の意味と英訳」(その8)

 前回は聖書朗読(Scripture reading)のさわりを紹介しました。おおよそ教会は中世までラテン語聖書(ウルガタ聖書、紀元405年ヒエロニムスにより完成)を公のものとして重用していました。その最初期は、ラテン語といえば多くの人が理解できる言語でしたが、次第に使われなくなり、教会の教職者しか扱えない言語となっていきました。実に、中世には滅びかけた言語とも言われています。そのような中、1381年にジョン・ウィクリフが聖書を英語に訳しました。彼が英訳聖書の必要を感じたのは、権威主義になっている当時の教会に疑問をもったからでした。聖書は教皇や聖職者、修道院だけのものではなく、人々の救いのためのものだと主張し、その働きに心血を注ぎました。今は、彼の働きは「ウィクリフ聖書翻訳協会」に引き継がれ、すべての民族の言語に聖書が翻訳される目的を遂行中です。この同盟教団からもウィクリフに宣教師を派遣していました。彼らは、現地へ行き、人々の中に住み、現地語を習得し、現地の人と翻訳作業を始めます。中には文字の文化を持たない部族も少なくないため、文字表記から取りかかるケースもあります。聖書がわかる言語で読めるのは、多く人の犠牲と働きのバトンが渡され、手元にあることを覚えたいものです。

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「主の祈りについて」 

本日の礼拝から「主の祈り」を数回にかけて学びます。イントロダクションとして少しこのコラムでも記します。弟子たちが「私たちにも祈りを教えてください」と尋ねたとき、イエスさまが教えられたのが、「主の祈り」です。この祈りには、神を敬う心、毎日の生活への感謝、そして自分の心を守るための願いなど、大切なものが詰まっています。なかなか祈り出せなかったり、気分がふさぎ疲れたときにの手引きともなります。  日本語

 
 
 
「天へと視線を向ける」 

「 人とは何ものなのでしょう。あなたが心に留められるとは。人のとはいったい何ものなのでしょう。あなたが顧みてくださるとは。」(詩篇8:4)。 神さまは私たちを神と隣人とを愛して生きるように造られました。しかし、私たちは視線を自分自身にだけ集中させがちです。本来、人は天を見上げて生きるように造られているのに、地上のことに埋もれて生きてしまうことが、苦しみもがく原因の一つです。天に視線を向けるとは、す

 
 
 
「福音を聞き、知らせる」

イギリスのロンドンにウェストミンスターという教会があります。その墓地にある墓石には次の文が刻まれているそうです。 「まだ若く、自由で、限りない想像力を持っていたころ、私は世界を変えることを夢見ていた。成功して知恵がつくにつれ、世界が変わることはないだろうということが分かり、視野をやや狭めて、自分の国だけでも変えようと決意した。しかし、それさえも変化のないように思えた。晩年になって、最後の必死の試み

 
 
 

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