「礼拝式順の意味と英訳」(その9)
- 大塚 史明 牧師
- 5月18日
- 読了時間: 1分
聖書朗読に続いて「説教/sermon」です。日本語で「説教」と聞くと、「叱られる」、「くどくどと説明される」というような、あまり良くない印象を持つかもしれませんが、具体的には「聖書を説き明かすこと」「みことばの取り継ぎ」です。プロテスタント教会の礼拝では、説教を非常に重んじます。それは聖書翻訳の歴史と重なるものがあり、人々に分かる言葉で神のことばを届けることが重要だからです。もちろん、大聖堂にある壁画や天井画のように視覚的に聖書を表現することも人間に有効な訴えかけです。また聖餐式でパンとぶどう液を食べるという感覚を通して神との深い交わりを味わうことも有益です。それらを踏まえたうえで、プロテスタント教会は説教=神のことばを礼拝の中心としてきました。それは、聖書が神から私たち人間への正しく誤りのない啓示、永遠の契約、救いと生活に必要十分な内容であるからです。ある神学者は「キリスト教は説教によって立ちもすれば、倒れもする」と記しました(P.T.フォーサイス)。会堂がない教会はあっても、説教のない教会はあり得ません。神は聖書を通して今日も語られますから、聖書にこだわりを持つ教会、礼拝を貫きたいと願っています。
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