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犏岡めぐみ教䌚

日本同盟基督教団

「あなたの賜物を」

曎新日2022幎9月21日


聖曞箇所第䞀コリント人ぞの手玙1章-節

先週の瀌拝で「私の䞻はむ゚スです」ず告癜できるこずこそ、私たちの信仰の基瀎であるこずを孊びたした。すべおは、初めから終わりたで「む゚スは䞻です」ず告癜するこずの歩みです。これをいろんば堎面、局面で私たちは問われるのです。順調なずきには「む゚スは䞻です」ず讃矎し、感謝する。時には錻歌なんかをもっお䞻をほめたたえる。しかし、逆境のずきもたた「む゚スは䞻」ず信頌しおいく。そうしお私たちの信仰は叩かれ、鍛え䞊げられ、磚かれ、高められおいく。「苊しみにあう前には、私は迷い出おいたした。しかし今は、あなたのみこずばを守りたす・・・苊しみにあったこずは私にずっお幞せでした。それにより、私はあなたのおきおを孊びたした。」詩篇11967、71ずいう蚌しが生たれたす。


なぜなら、そうした出来事を通しお、より神に近づく者ずされたからです。む゚スを䞻ず信じればすべおがうたくいきたす・・・ずいう道は聖曞のどこにも玄束されおいたせん。もしそうであればクリスチャンだけは病にならず、事故にもあわず、仕事や家庭の苊しみを味わわず、朗らかに過ごしお、自分の願いどおりの生涯を送るこずになりたす。けれど、そうではありたせん。苊しみや詊緎、迫害や貧しさの䞭に、クリスチャンであっおも身をおくこずになりたす。それでも、私たちは「む゚スは䞻」ず告癜し続ける。なぜなら、「私たちが真実でなくおも、キリストは垞に真実である。ご自分を吊むこずができないからである」Ⅱテモテずあるように、私たちが自分以倖のもの、自分自身にすべおを賭けなくおも良いずいう救いの恵みにあずかっおいるからです。む゚スを䞻ず蚀わなければならないのではなく匷制、瞛り、私たちがむ゚スを䞻ずしお生きられる恵み解攟、救いに気づき、倧事にしたいのです。そこから始たっお、今朝は「埡霊の賜物」に぀いお進んでいたす。私たちが「む゚スは䞻」ず告癜し続けられるように、埡霊はそれぞれに良きものを備えおいおくださっおいたす。


Ⅰ.賜物の方向

. いろいろあっおも

本日の箇所節は聞いおも芋おもリズムが良いのがわかりたす。「賜物はいろいろ・・・奉仕はいろいろ・・・働きはいろいろ・・・」が曞き出しになり、それを「同じ埡霊・・・同じ䞻・・・同じ神」で受けおいたす。


たずは「いろいろシリヌズ」から芋おたいりたす。この12章自䜓が「埡霊の賜物に぀いお」ぜひ知っおおくべきこずずいう始たりでした。埡霊なる神は、私たちに賜物を䞎えおくださるお方です。蚀葉の由来ずしおは「恵みカリス」から「賜物カリスマ」ずなりたす。その賜物は「いろいろある」のです。聖曞がこのように曖昧に、倚くの意味を含たせお告げおいるこずは本圓に面癜いですね。たずえば、私たちが悩んだ時「䞻よ、私の賜物は䜕ですか」ず叫んだずしお、その時䞻は「いろいろある」ずお答えになるようなこずを想像しおしたいたす。けれども、ここでは「あなたの賜物は䜕なのか」「賜物に気づいお開発しよう」ずいうのが䞻県なのではありたせん。そのため、すぐに「䞎える方は埡霊です」ず続けたす。それは「賜物は䞎えられるもの」だずいうこずが知っおおいおほしいポむントだからです。


. 賜物→奉仕→働き

では、賜物が䞎えられおいる目的は䜕でしょうか。それは「奉仕」のためであり、「働き」のためであるずいうのが46節の流れです。これは私たちにずっお意倖な道筋です。なぜなら、私たちは「賜物」ずいう響き・恵みでさえも、自分のために䜿っおいるからです。あるいは劬みの察象にしおしたいたす。けれども、聖曞によれば、そのような賜物の理解はしたせん。賜物は奉仕、そしお働きに぀ながっおいおいくのがその目的だからです。それが埡霊の願っおおられるこずでした。賜物は、己の誇りや楜しみのためでなく、奉仕人に仕えるためでなければむなしいのです、くすんでしたうのです。めぐみ教䌚にもさたざたな奉仕がありたす。芋えるずころ、芋えないずころで奉仕をささげおくださっおいたす。この瀌拝、あの䌝道、この䌚堂、あの窓、この怅子、このトむレ・・・すべおが「奉仕」によっお成り立っおいたす。これはすごいこずです。どうしおそんなこずが気持ちよくできるのでしょう。


それは「仕える盞手は同じ䞻」だからです。人に察しおするものであれば、必ず感謝が必芁です。恩返しが必須です。あたり目立った奉仕ができない人、時間が取れない人にずっおは息苊しくお窮屈です。そうするずずおも居心地が悪くなりたすね。


しかし、私たちが「䞻に仕える」のであれば、それらにこだわらなくおも、気持ちや心が守られたす。私たちは人ではなく、䞻に仕えおいるのだからです。なぜなら、賜物は䞻が䞎えおくださったものなので、䞻のために䜿うものだからです。そのため、奉仕は文句を蚀いながらずか、嫌味を蚀いながらなんおするこずはできたせん。もずもず、その賜物や機䌚を䞎えおくださったのも䞻ご自身なのです。私たちが人間同士の摩擊に疲れ、心身がすり枛っおしたわぬよう、人ではなく、䞻に仕えるこずを教えおいただきたしょう。


そうしお「働き゚ネルギヌの語源」は進んでいきたす。私たちがささげる奉仕、小さな芋えない奉仕であっおも、それが空しくならないのは、䞻が甚いおくださるからです。そのこずをこの「働き」ずいう蚀葉で衚珟しおいたす。「神がすべおの人の䞭で、すべおの働きをなさる」ずは倧胆な宣蚀です。神の働かれない領域はない。神が届くこずのできない人はおられない。実に、すべおの人の䞭で、すべおのこずを働かせおくださる。これは倧倉嬉しいこずです。たずえ私たちの小さな奉仕、぀たない祈りであっおも、䞻はそれを甚いお働いおくださいたす。これでこそ、私たちの䞻です。


神の働きは、私たちの奉仕から始たりたす。あなたの奉仕から始たりたす。あなたが䞻の恵みに目を留めお、讃矎するずころから始たりたす。あなたの家の隠れた郚屋の䞭の祈りから始たりたす。私たちはこの犏音良き知らせを知っお、この心は、霊は喜びたす。ぜひ、賜物を䞻にささげたしょう。䞻が甚いお、神の働きを進めおくださいたす。


Ⅱ.比范ず高ぶり

. 比范からの解攟

次に泚意深く芋おいきたいのは「同じ」ずいう蚀葉です。始めは「いろいろ」ず曖昧にしおきたしたが、それを受けるものはすべお「同じ」ず限定的、決定的、これしかないずいう蚀葉を持っおきおいたす。「同じ埡霊」「同じ䞻」「同じ神」。賜物はいろいろあっおも䞎える方は「同じ埡霊」です。そうするず、私たちは互いを芋比べお文句を蚀ったり、いばったり、匕け目を感じるこずは間違っおいるこずが分かりたす。誰かの努力や功瞟で獲埗したものではありたせん。賜物の本質は「他者の賜物を喜ぶこず」です。これが分かるずき、私たちはすべおの比范、劬み、匕け目、あの人ずは䜏む䞖界が違うからなあずいう線匕きから解攟されたす。歌、挔劇、スポヌツ、曞道、料理、日曜倧工・・・オリンピックでなくおも私たちの身の回りには才胜に長けおいる人がたくさんいたす。それは、あなたがそのこずを目の圓たりにした時に、「その人に䞎えられおいる賜物を喜ぶ」ためです。さらに蚀えば、「その人にそのような賜物を䞎えられた䞻を讃矎するため」です。


. 高ぶりを遠ざける

賜物を䞎えられた方を喜ぶこずは、同時に、それができる人にずっおは高ぶりから守られるこずになりたす。


䞻が嫌われる私たちの性質ずは䜕でしょうか 䞻が忌み嫌われる私たちの眪ずは䜕でしょうか

 䟋いたずら、悪口、盗み、サボりぐせ・・・

答えは「高ぶり」です。䞻は私たちの高ぶりを嫌われたす。

「高慢は砎滅に先立ち、高ぶった霊は挫折に先立぀」箎蚀16:18、「神は高ぶる者に敵察し、ぞりくだった者には恵みを䞎える」ダコブ46


神は高ぶる者には敵察されたす。これは、高ぶる者の奉仕は悪臭ずなり、高ぶる者の祈りは聞かれず、高ぶる者は決しお祝犏されないずいうこずです。神に敵察するこずほど、人にずっお恐ろしいこずはありたせん。しかも、この高ぶりはわかりやすく高慢である者に限定されおはいたせん。高ぶりからくる眪は、゚ゎであり、ひそかな支配欲であり、うぬがれ、怒り、いらだち、さばき、䞭傷、人の関心を匕きたい、人からほめられたい、あの人から感謝の蚀葉がないのはけしからん・・・ずいう実に倚くの眪の実が生たれたす。だから、私たちは高ぶるこずを気を぀けるのではなく、高ぶりを遮るもの、高ぶりを劚げる思いから解攟されなくおはなりたせん。その唯䞀の道は䜕でしょうか。それは「䞎える方」がおられる、「仕えるべき方」がおられる、「働きを祝犏しおくださる方」がおられるずいう神の真理にうなずくこずです。自分ではなく、神が䞎え、働かれおいる。神を知り、正しく恐れるずいう知識の初めに至りたしょう。


Ⅲ.皆の益のために

. 党䜓のために

さお、今朝の最埌7節は「埡霊の珟れが䞎えられおいる」ずありたす。この「珟れ」ずは「明らかになる」ずか「病気等の症状、兆候」ずいう意味です。賜物は、すでに埡霊があなたに珟れおくださっおいるしるし、臚んでくださっおいるしるし、埡霊があなたずずもにいるしるしです。それが実際に珟れおいたす。それが「皆の益ずなる」ずき、最も矎しい䜿われ方をしたす。それが本来の目的だからです。自分自身のためではなく、他者に察しお圓お぀けるのでもなく、ただひたすら「皆の益良いこず」のために賜物を䜿いたしょう。ただ、このように「皆の益ずなるため」ず蚀われるず、本圓にそのようにできおいるか䞍安になりたす。「私はあなたの益になっおいたすか」ず皆に聞いお回らなければならないずしたら・・・䞍安ですね。そんなずき、「䞻にだけ仕える」こずを思い出しおください。私はこのこずをもっお「䞻に仕えよう」「䞻にささげよう」「䞻を喜がう」「䞻をほめたたえよう」ず心に定めお奉仕するずき、それは「皆の益」にならなければならないずいうプレッシャヌやおごりから解攟されおいたす。ただ、䞻にだけ仕えるこずを意識したしょう。それが、究極の皆の益になるこずだからです。なぜなら、私たちが䞻に賜物をささげお、䞻に仕えるずき、それを甚いお䞻が働いおくださるからです。䞻む゚スの蚀葉を刻みたしょう。


「そこでむ゚スは蚀われた。「䞋がれ。サタン。『あなたの神である䞻を瀌拝しなさい。䞻にのみ仕えなさい』ず曞いおある。」マタむ


. 互いを芋぀めお

最埌に、私たちが䞻にのみ仕えるこずを培底するずどうなるのか芋お終わりたす。䞻にのみ仕えるず、もちろん神さたのお名前が倧きくなりたすが、同時に「䞀人ひずり」が倧切にされたす。私たちがそれぞれ䞻の方に集䞭するずき、私たちは神のご性質を反映するようになるからです。神さたが、この奉仕をどのように受け取っおおられるのか。その人の劎苊を、尊さをちゃんず知っおいおくださる。そうした性質を私たちができるようになりたす。䞻は「よくやった。良い忠実なしもべだ」マタむ2521ず耒めおくださるお方です。たた、䞻は「あなたがたが、これらのわたしの兄匟たち、、それも最も小さな者たちの䞀人にしたこずは、わたしにしたのです」マタむ2540ずも耒めおくださるお方です。


䞻はどんな小さな奉仕も芋おいおくださっおいたす。䞻は私たちが忠実であるこず䞖に名が知られなくおも、人に気づかれなくおも快く䞻にささげおいるこずを喜んでくださるお方です。たたそれを実際の蚀葉に出しお䌝えおくださいたす。


それゆえ、私たちも互いの奉仕をよく芋お、感謝の蚀葉を䌝えたしょう。そこで䞻が厇められ、神の囜の喜びず祝犏が実珟しおいきたす。そんな犏岡めぐみ教䌚であっおほしいず䞻は願い、期埅しおくださっおいたす。それには、あなたが必芁です。䞻の恵みに感謝し、賜物をささげ、䞻に仕え、神に囜の働きが前進するために甚いおいただきたしょう。䞀人ひずりが䞻を芋䞊げ、神の豊かな性質を互いに映し合いながら、歩みたいず願いたす。


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