top of page

「アヴェマリアとビートルズ」

 「アヴェマリア」という言葉や曲を一度は聞いたことがあると思います。これはイエス・キリストの母マリアにみ使い(天使)がかけた言葉によっています。「おめでとう、恵まれた方」(ルカ1:28)。これを元に、古代カトリック教会では全文が整えられ「マリアへの祈り」として「主の祈り」とともに重宝されてきました。「アヴェマリア」自体はラテン語で、直訳は「おめでとう、マリア」。この祈りに合わせシューベルトやグノー、ブラームスらが作曲しています。

 聖書では、天使のことばの後マリアは「ひどく戸惑って」考え込みます。マリアを説得するように、御使いガブリエルは「神にとって不可能なことは何もありません」(1:37)と告げました。処女で身ごもることは、人間にとって理解不能です。しかし「神にとって不可能なことは何もない」「神さまだからできる」というのが、マリアの信仰を後押ししました。マリアは「私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおり、この身になりますように。」と応答します。すると、目的を果たした御使いはそこを去ります。

 さて、話は変わってビートルズの「レットイットビー」という曲のさわりを紹介します。サビのコーラス部分は口ずさめる方もおられるでしょう。曲は「気が付くと、苦難に囲まれた私。でも、そのようなとき、母なるマリアが私の耳にささやく。レットイットビー(When I find myself in times of trouble Mother Mary comes to me Speaking words of wisdom Let it be)」で始まります。邦訳は「あるがままに」とされますが、聖書を持っている私たちは「おことばどおり、この身になりますように」(1:38)と主にゆだねるマリアの告白を思い出すことができます。たとえ、ポールマッカートニが実母のことを歌ったのだと言っても、ルカ福音書やマリアとの関りは切っても切れません。次からはこのことを思いながら聞いてみてください。鼻歌から神への信仰へとつなげられるのもクリスチャンの醍醐味です。

最新記事

すべて表示
「主の祈りについて」 

本日の礼拝から「主の祈り」を数回にかけて学びます。イントロダクションとして少しこのコラムでも記します。弟子たちが「私たちにも祈りを教えてください」と尋ねたとき、イエスさまが教えられたのが、「主の祈り」です。この祈りには、神を敬う心、毎日の生活への感謝、そして自分の心を守るための願いなど、大切なものが詰まっています。なかなか祈り出せなかったり、気分がふさぎ疲れたときにの手引きともなります。  日本語

 
 
 
「天へと視線を向ける」 

「 人とは何ものなのでしょう。あなたが心に留められるとは。人のとはいったい何ものなのでしょう。あなたが顧みてくださるとは。」(詩篇8:4)。 神さまは私たちを神と隣人とを愛して生きるように造られました。しかし、私たちは視線を自分自身にだけ集中させがちです。本来、人は天を見上げて生きるように造られているのに、地上のことに埋もれて生きてしまうことが、苦しみもがく原因の一つです。天に視線を向けるとは、す

 
 
 
「福音を聞き、知らせる」

イギリスのロンドンにウェストミンスターという教会があります。その墓地にある墓石には次の文が刻まれているそうです。 「まだ若く、自由で、限りない想像力を持っていたころ、私は世界を変えることを夢見ていた。成功して知恵がつくにつれ、世界が変わることはないだろうということが分かり、視野をやや狭めて、自分の国だけでも変えようと決意した。しかし、それさえも変化のないように思えた。晩年になって、最後の必死の試み

 
 
 

コメント


福岡めぐみ教会

日本同盟基督教団

Fukuoka Megumi Church

日曜礼拝

 歓迎主日礼拝 10:30am-12:00pm

お問い合わせ

〒819-0041
福岡県福岡市西区拾六町1-22-19

メールはこちら

​電話番号は0922042386

© 2014 by Fukuoka Megumi Church. Proudly created with Wix.com

bottom of page