「天へと視線を向ける」
- 大塚 史明 牧師

- 1月25日
- 読了時間: 2分
「人とは何ものなのでしょう。あなたが心に留められるとは。人のとはいったい何ものなのでしょう。あなたが顧みてくださるとは。」(詩篇8:4)。神さまは私たちを神と隣人とを愛して生きるように造られました。しかし、私たちは視線を自分自身にだけ集中させがちです。本来、人は天を見上げて生きるように造られているのに、地上のことに埋もれて生きてしまうことが、苦しみもがく原因の一つです。天に視線を向けるとは、すべてのことを神の視点から見るという意味です。そのために有用なのは、毎日のディボーションの時間です。神のことばを読み、祈ることによって、身の回りで起こる出来事を神の視点で見る訓練をしているのですね。
また、天に視線を向けるとは、御心を知るだけでなく、神さまが望まれることを行うという意味です。なかなかそんな時間やエネルギーがないように感じるかもしれません。しかし、神の働きは、エネルギーが余っているからできるものではありません。神の御心に従うとき、力が与えられるのです。これは霊的な原理です。心身は疲れていても、神の御心に従うとかえって元気になることがあります。神さまの方法は不思議でありながら、確かな祝福を味わえます。
神さまの摂理に逆らい、この世のことにだけ埋もれて生きるとき、様々な問題が生じます。隣人と神様を愛して生きるように造られているのに、自分のためだけに生きようとするので、無理が生じてくるのです。もし、今の自分にできる最も小さなことを神さまが示してくださったなら、すぐに従い、実行しましょう。そうした小さな従順の習慣を重ねることで、神さまは本来の人間の生き方を回復してくださいます。そんな喜びを積み重ねていきましょう。

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