「主の祈りについて」
- 大塚 史明 牧師

- 2月1日
- 読了時間: 2分
本日の礼拝から「主の祈り」を数回にかけて学びます。イントロダクションとして少しこのコラムでも記します。弟子たちが「私たちにも祈りを教えてください」と尋ねたとき、イエスさまが教えられたのが、「主の祈り」です。この祈りには、神を敬う心、毎日の生活への感謝、そして自分の心を守るための願いなど、大切なものが詰まっています。なかなか祈り出せなかったり、気分がふさぎ疲れたときにの手引きともなります。
日本語訳でもいくつかの種類があり、どの言葉で覚えているかそれぞれ違う方もおられますので、今回のシリーズで言葉とその意味とを味わうことで、覚えて浸透させていけたらと願っています。各自に持っていただけるようにはがきサイズ(日本語と英語)で印刷していますのでぜひご活用ください。
「主の祈り」は新約聖書で二か所(マタイ6章、ルカ11章)に記されていて、教派(カトリック、プロテスタント、正教会など)の枠を超え、世界中のクリスチャンが約2,000年間(そして、これからも)続けてきた祈りです。
そして、実はこの地上のみならず「月面」においてもこの主の祈りはささげられたことがあるそうです。アポロ11号イーグルは、1969年7月20日、月に着陸成功しましたが、そこでバズ・オルドリン宇宙飛行士は、持参していたパンとぶどう酒で聖餐式を行いました(もちろん、事前に許可を取って♪)。後日、彼は「教会が持たせてくれた聖杯にワインを注ぎました。6分の1の重力の中、ぶどう酒は優雅にゆっくりと杯の側面を上っていきました」と記しています。また、彼は個人的に「主の祈り」を祈ったと語っています。人が月面で初めてした食事は聖餐であり、人が月面で発した言葉が主の祈りだと思うと、神の偉大さにワクワクします。ともに主の祈りを味わいながら、神と深い関係を築きたく願います。

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