「応答と奉仕」
- 大塚 史明 牧師

- 2025年9月21日
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先週は「気持ちと奉仕」について記しました。奉仕の前に気持ちが満タン、喜びにみちあふれ、時間も余裕もたっぷりある人が奉仕するのではないこと、しかし奉仕のためにささげると、後悔ではなく必ずやってよかった、益とすることができたという喜びが与えられるという内容でした。今回はその続き、「応答」についてです。
奉仕は「応答」によってなされるものです。応答とは、あなた自身による神さまへのささげものです。あなたの選択が応答となります。それによって、あなたと神さまとの関係が築かれていきます。たとえば、あなたが人形とお話をしても、人形は応答をしません。人形の手を取ってモノをつかんでも、それは人形の応答ではありません。そう、奉仕はそうであってはならないのですね。◆「応答」とは、あなた自身の選択と行動です。そのため、週報やアナウンスで「トラクト配布をしましょう」「〇〇の奉仕者が足らないのでお祈りください」というのは強制でも圧迫でもなく、招きとして受け止めてください。そして、それに応答するかは、あなた自身が問われ、ゆだねられているものです。

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