「教会総会の意味」
- 大塚 史明 牧師

- 3月2日
- 読了時間: 2分
本日の午後は年に一度の教会総会をもちます。「会議」はドキドキするし、堅苦しい、また、そんな難しい話は抜きにしていられるのがいい教会なのにと思うこともあるかもしれません。ただし、会議や取り決めのないところに気楽さはあるかもしれませんが、同時に不安要素も多く起こります。「今後の予定はいったいどうなっているのだろうか」「ささげた献金は何に使われているのだろうか」「こういうことをやってみたいんだけど、勝手に始めてもいいのだろうか」と考えたとき、全体で話し合った議事録や公表された記録、賛成した事柄などがあるとちゃんと確かめることができます。それは不特定多数が集まる教会には、とても大切なことです。(可能性はほぼゼロに近いですが)教会総会がなければ、すべて牧師の一存、独裁、秘密と言うことにもなりかねません。そうすると、せっかく素晴らしい救いをいただいたのに、肝心の教会生活が疑問や不安、不満だらけであれば、イエス・キリストからも次第に距離を取るようになります。その意味でも、ぜひ本日の教会総会にご出席ください。
また、総会ではぜひ発言や質問をしてください。多少勇気のいることですが、あなたが発言してくだされば、それは全体の益になります。「自分も聞きたいことだった」「ちょっと自信がなくて手を挙げなかったんだけど、あなたが質問してくれて助かった」ときっと思ってくれている方がいます。でも、それは言わないと発言者は分からないので、総会が終わったら質問してくださった方々に「ありがとう」「あなたが聞いてくれて本当によかった」と伝えましょう。さらに!質問に答えてくださる方々、総会の準備や奉仕をしてくださった方々に感謝を伝えましょう。答弁も大変緊張を伴うものです。それぞれに労い、感謝を伝えることで人の心は報われていきます。

コメント