「気持ちと奉仕」
- 大塚 史明 牧師

- 2025年9月14日
- 読了時間: 2分
本日は礼拝後にトラクト配布へ出かけます。さて、今回は「奉仕に向けた気持ち」について短く記します。たとえば、たくさんの奉仕をする人はそれだけモチベーションがあるということでしょうか。「これからたくさんの奉仕をするぞ!」「やりたくて仕方がない」「全然余裕」と思っている人が奉仕をしているのでしょうか。いいえ、決してそうではありませんよね。なぜなら、私たちは何かをする前に気持ちが高まる、心の準備が万全、身体も軽く感じるということは、ほとんどないからです。たとえば「このオムライス、おいしいよ。だから食べた気分になってみて!」と言われても、「食べてよかった」「やっぱりおいしいね」と心底思ったり、笑顔で言うことはできません。それは、食べた後に起こる感情だからです。食べる前からおいしくて満腹、満足という気持ちは持てないのです。
奉仕にも同じことが言えます。やる前から気持ち万全な人だけと限ったら、誰も奉仕できないかもしれません。中には気持ちが整わないけれど決断された方、半ば義務感から奉仕を受けてしまう場合だってあるでしょう。けれども、奉仕をした後には「やらなければよかった」「だからダメなの、私は」との感想になることはほとんどありません(時々残念なこともあるかもしれませんが)。「やってよかった!」「主のために時間を使えた!」という言い難い祝福は奉仕後にいただくからです。まずはやってみましょうか♪

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