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「神のみこころを知るには」

 「神のみこころ(直訳:願い)」を知って歩めるなら、それは私たちにとって幸いなことです。近視眼的な人間の視野やセルフィッシュな自分の考え、喜怒哀楽が激しい自らの感情に従って動いていたら(動かされていたら)、迷ったり、傷つけたりするのは当然です。イエスさまも「みこころが天で行われるように、地でも行われますように」(マタイ6:10)と祈るのだと教えておられます。天では罪がないので、みこころだけが行われています。そして、そのみこころが地でも行われるように、日々祈るのですね。そして、「地でも」の中には「私にも」「あなたにも」「私たちにも」という意味が含まれています。地にいるすべての者の上にみこころが行われていくこと。それは「神の国が近づいた」(マルコ1:15)福音の訪れです。

 さて、「みこころ」を知るためにはどうしたらよいでしょうか。実は、みこころは聖書の中に示されています。神さまは、第一に聖書を通して私たちに語りかけ、みこころを教えてくださいます。「あれについてどうしようか」「これはどうしたらよいのか」と日々不安になったり、導きが欲しくなるときには、聖書のみことばがもっとも確実なみこころを教えてくれます。その時々でとっさに聖書を開くのも悪くはありませんが、いつも聖書に親しんでおくこと、近い距離を保っていることはより有益です。「あ、今朝読んだみことばが役立った!」と賛美する時を味わえます♪

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「主の祈りについて」 

本日の礼拝から「主の祈り」を数回にかけて学びます。イントロダクションとして少しこのコラムでも記します。弟子たちが「私たちにも祈りを教えてください」と尋ねたとき、イエスさまが教えられたのが、「主の祈り」です。この祈りには、神を敬う心、毎日の生活への感謝、そして自分の心を守るための願いなど、大切なものが詰まっています。なかなか祈り出せなかったり、気分がふさぎ疲れたときにの手引きともなります。  日本語

 
 
 
「天へと視線を向ける」 

「 人とは何ものなのでしょう。あなたが心に留められるとは。人のとはいったい何ものなのでしょう。あなたが顧みてくださるとは。」(詩篇8:4)。 神さまは私たちを神と隣人とを愛して生きるように造られました。しかし、私たちは視線を自分自身にだけ集中させがちです。本来、人は天を見上げて生きるように造られているのに、地上のことに埋もれて生きてしまうことが、苦しみもがく原因の一つです。天に視線を向けるとは、す

 
 
 
「福音を聞き、知らせる」

イギリスのロンドンにウェストミンスターという教会があります。その墓地にある墓石には次の文が刻まれているそうです。 「まだ若く、自由で、限りない想像力を持っていたころ、私は世界を変えることを夢見ていた。成功して知恵がつくにつれ、世界が変わることはないだろうということが分かり、視野をやや狭めて、自分の国だけでも変えようと決意した。しかし、それさえも変化のないように思えた。晩年になって、最後の必死の試み

 
 
 

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