「神のみこころを知るには」
- 大塚 史明 牧師

- 2025年11月16日
- 読了時間: 2分
「神のみこころ(直訳:願い)」を知って歩めるなら、それは私たちにとって幸いなことです。近視眼的な人間の視野やセルフィッシュな自分の考え、喜怒哀楽が激しい自らの感情に従って動いていたら(動かされていたら)、迷ったり、傷つけたりするのは当然です。イエスさまも「みこころが天で行われるように、地でも行われますように」(マタイ6:10)と祈るのだと教えておられます。天では罪がないので、みこころだけが行われています。そして、そのみこころが地でも行われるように、日々祈るのですね。そして、「地でも」の中には「私にも」「あなたにも」「私たちにも」という意味が含まれています。地にいるすべての者の上にみこころが行われていくこと。それは「神の国が近づいた」(マルコ1:15)福音の訪れです。
さて、「みこころ」を知るためにはどうしたらよいでしょうか。実は、みこころは聖書の中に示されています。神さまは、第一に聖書を通して私たちに語りかけ、みこころを教えてくださいます。「あれについてどうしようか」「これはどうしたらよいのか」と日々不安になったり、導きが欲しくなるときには、聖書のみことばがもっとも確実なみこころを教えてくれます。その時々でとっさに聖書を開くのも悪くはありませんが、いつも聖書に親しんでおくこと、近い距離を保っていることはより有益です。「あ、今朝読んだみことばが役立った!」と賛美する時を味わえます♪

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