「苦しみの中で神と出会う」
- 大塚 史明 牧師

- 1月4日
- 読了時間: 2分
「神は苦しむ人をその苦しみの中で助け出し、抑圧の中で彼らの耳を開かれる」(ヨブ記36:15)。この聖書箇所を読むと、私たちと神とは、苦難の中で密接な関係になるようです。神の助けは苦しみの中で、すでに始まっていると記されているからです。暗闇の中で神を体験し、しかも「助け出し」=完全な救いをもたらしてくださる。それは、神が苦しみの中に来てくださるからに他なりません。「あなたは私を最も深い穴に置かれました。暗い所に 深い淵に」(詩88:6)は、イエスさまが十字架にかけられる前に捕えられた預言ともされています。2012年の聖地旅行で私が訪れたその場所は、光の届かない、冷た~い石の穴ぐらでした。そこで学んだのは、私たちが苦しみから這い上がれば神に出会えるのではなく、苦しみのただ中に降りてきてくださるイエスさまでした。
しかし、私たち人間は苦しみを素直に受け取れません。自分の人生を呪い、他人も同じ苦労をすべきだと乱暴に考えたりもします。みことばに照らし合わせると、私たちは人生を呪うより、苦しみから学ぶ姿勢を持つべきようです(厳しい!)。なぜ聖書はそう奨励するのでしょうか?それは苦しみが神からもたらされているものだからです。神はこの世界を創造し、秩序を保っておられます。全地に光や水を循環させ、保っておられます。人間の知性は物事をよく見、学び、考え、選択し、決定することができますが、その知性を運命や法則の軍門に下らせてしまうのか、それとも、全知全能の神の測り知れない知恵と計画に信頼し、従わせていくのかが問われます。この世界を造られた素晴らしい神さまが、あなたの人生にも深く関わっておられます。地上の旅路における苦しみも、この方の御手の中でなされている。今年、神と親しく、強い交わりを築きたいと願います。

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